Pokemon GO(ポケモンGO)Niantic(ナイアンティック)川島優志 氏が、任天堂前社長 岩田聡氏に「岩田さん、ようやくここまで来ました。」


「Dreams come true!」と言って、その人はNiantic(ナイアンティック)CEOのジョン・ハンケに背中を押されて、アメリカ版の「公開」ボタンを押したとの事。

masaakikawashima

以下全文

Pokémon GOが、遂にアメリカで正式公開されました。
このプロジェクトが始まったのは、もう2年以上前になります。きっかけは、2014年4月のGoogleマップのエイプリルフール「ポケモンチャレンジ」。Niantic CEOのジョン・ハンケが「これを現実の世界でできないか」と僕に聞いてきました。現実世界にポケモン! 実現させてみよう、と思いました。ポケモンチャレンジをつくったのは当時マップチームのエンジニアだった野村達雄。二人ともマウンテンビューの勤務だったことで、彼に声をかけてみました。思えばそんなところから始まったのです。彼に間に入ってもらい、ジョンは日本で株式会社ポケモンの石原社長と会います。二人は意気投合して、文字通り、ボールが転がり始めました。
達雄は、その後、Niantic Labsに、二人目の日本人として参画してくれました。そしてPokémon GOプロジェクトのリーダーの一人となってくれました。彼をチームに迎えることができたのが、僕の最大の功績だったんじゃないかと思います。このしばらく後、達雄と一緒にポケモンチャレンジを手がけた須賀健人もNianticに加わり、以降日本でのマーケティング展開を一手に引き受け大車輪の活躍をしてくれています。二人とも加わってくれて本当にありがとう。
その後、Nianticは、Google、任天堂、そして株式会社ポケモンから出資を受け、Google初の規模のスピンアウト。石原さんはこの時も任天堂の前社長岩田さんと一緒に実現に尽力してくださいました。Googleでストリートビューを担当していたもう一人のプロダクトマネージャー河合さんがここで加入。河合さんの日米に渡る豊富な経験抜きには、ここまでたどり着くことはできなかったでしょう。

ポケモン界の「神」増田順一さんはじめ、株式会社ポケモンの方々は何度もアメリカを訪れて、また日々動画ミーティングを重ねながら、ディレクションをしてくれました。長期滞在して慣れないアメリカ生活に四苦八苦しながらPokémon GO PLUSの開発をしてくれた小川くん、本当にありがとう。

そして、岩田さん、ようやくここまで来ました。どうか空からどれだけの人々が外へと飛び出していくか、見ていてくださいね。

Pokémon GOが、現実の世界の捉え方を変えるきっかけになったら。世界が素晴らしい場所であることに気づくきっかけになってくれたら、と願っています。日本とシリコンバレーが力をあわせるよい例になってくれたら、とも思います。

僕は、きっかけづくり以外は本当になんにもやっていないのですが、ローンチのためにチームが集まっている中、CEOのジョン・ハンケに背中を押されて、アメリカ版の「公開」ボタンを押すはめになりました。

「Dreams come true!」

と言って押しました。夢と現実が混ざり合って、新しい現実が世界中でつくりあげられていく、そんな始まりになったらいいな、と思います。
日本の皆さん、もう少しだけお待ち下さいね!

最後になりますが、メインキャラクターの素晴らしいデザインを手がけてくれたコザキユースケさん、石井朋彦さん、感動的なオリジナルの方のPVを作り上げてくれた本山敬一さんにもあらためて感謝します!ありがとうございました!

Masashi Kawashima

ニュースソース元:
Masashi Kawashima Niantic(ナイアンティック)

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーリンク